ISSING-BLOG

毎週日曜と水曜に更新!

本を読ませること

 もっと前々からやっておけばよかったこと、それは読書です。

 最近本を読むようにって、読書がこんなにも楽しくて価値のあることだとは思いませんでした。勉強嫌いな私は、今まで本を読もうとしなかったし、本を読むことは苦痛としか思いませんでした。しかし本屋さんに行くとどうでしょうか。興味を湧かせるタイトルがズラリと並んでいます。そして興奮しながら本を選びます。つまり、読書の楽しみは本を読むという行為ではなく、本を選ぶという行為にその本質があるのです。

 

f:id:issingmusic1006:20161218234725j:image

 もし高校時代の自分に会えるのであれば読書を勧めるでしょう。それは勉強しろだとか、知識を付けるためだとか言っても当時の自分には理解出来ないだろうし、ましてや本を読むことなんてせずに歌ばっかりやっていたから、わざわざ読書に時間を割こうという考えなんて、何を言われてもしないでしょう。そうではなくて、自分を知るためだ、と言ってやりたいですね。私は高校時代、人生は自分を知る時間でなんだ、という答えを見つけました。しかしその方法が分かりませんでした。その方法の一つとして、読書がある、と伝えたいですね。

 今やネットというものがあって、無料でなんでも読めちゃう時代です。しかし、それはあくまでも無料のものであって、お金を払ってまでして読むものとは明らかに内容が薄いです。無料の物はあくまでも人を引き寄せるための「導入」であって、有料の物でやっと本題に入ります。無料ゲームに課金制システムがあるのと同じです。だから無料で物事を完結させてはいけないです。つまり本みたいな「お金が掛かった物」をもっと読んでほしいということです。お金が掛かっている物にはそれなりに洗練されているところがあるわけで、ネットが普及した現代社会を生きる上でもっとその判断を付けた方が有利でしょう。

 ここまで読書について語りましたが、もし自分の子どもに読書を勧めるのなら、読書をしろ、とは言いません。大きな本屋で本を選べ、と言います。そして、読書を「強制」するのではなく「勧める」。

 読書は「本能」で行うべきものです自分の興味関心のあるものを追い求めていく手段です。だから、読書を学校で行っているような点数を取るための勉強とは一緒にしたくはないのです。