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中心市街地を衰退させた原因 ー静岡市と浜松市の違いー

 中心市街地の空洞化が進行しています。一般的には大型店の郊外進出が要因だと考えられていますが、果たしてそれが本当に中心市街地を衰退させる要因と言えるでしょうか。地方都市である静岡県静岡市浜松市を例にとって論じていきたいと思います。

 浜松市に大型店が初めて建設されたのは2004年です。浜松市中心市街地にあった丸井や西武が撤退、そしてニチイが破綻し、地元の百貨店がつぶれ、そうしたシャッター商店街化が進んだのは90年代半ばのバブル崩壊期から2000年代初頭に掛けてです。つまり、大型店が郊外に進出したのは、中心街が崩壊した「後」なのです。駅前商業拠点が崩壊し、人口80万人の浜松市民の消費需要が宙に浮いたとき、その需要を満たすかたちで登場したのが郊外大型店という順番です。なぜこうなったのでしょうか。浜松市が行った過去の政策とそれによる影響を振り返ってみます。

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(JR浜松駅)

 静岡県浜松市では、80年代に公共事業や区画整理等の開発事業や「規制緩和」を行いました。そしてバブル経済期や不況期にも需要創出の名目で道路建設・拡幅・延伸が相次ぎました。そうした車社会の拡大により、浜松市民が隣町である愛知県豊橋市へのアクセスが容易になりました。それによって、ロードサイドショップの進出が相次ぎました。つまり、浜松市および周辺地域の幹線道路建設が進んだ事による、ロードサイドショップの進出が中心市街地の衰退を招いた原因なのです。大型店が郊外に進出したのは、その現象の延長線上に過ぎないのです。

 それに比べ、静岡市中心市街地は全国地方都市から視察に来る程に賑わいが残されています。2000年に大規模小売店舗立地法大店立地法)が施行され、出店規制が緩和されました。それ以前は中小小売店舗の保護を目的とした法律があり、大型店は自由に出店することができませんでした。そうした状況になったにもかかわらず、静岡市では住民の反対活動や利害関係の調整に手間を取られ、土木事業も区画整理も進みませんでした。初めて市内にコンビニが出店したときも地元住民が大騒ぎをしました。そして郊外大型店進出も進みませんでした。それが故に「静岡市は大型店が少なく買い物に行く場所、価格の選択肢が無い」や「老舗が商売をたたみ全国チェーンへの貸店舗になってきている」などの声も出てきています。

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(JR静岡駅)

 現在、区画整理は着々と進み、近年静岡市内で最も大きな商業施設が郊外に開業しました。しかし地元住民の反対もあり、計画当初よりも施設の面積が減らされた上で開業しました。この時、中心市街地の百貨店は協力してイベントを行っていました。
 
 市は、このような郊外大型店進出による市街地の空洞化防止のため、郊外型大型商業施設の出店を規制する条例が成立させる見通しとなっています。売り場面積が1000平方メートルを超える出店計画を持つ事業者に市への届け出を義務付けると同時に、地域ごとに設ける売り場面積の上限を守るよう指導するという。これに対し、食品スーパーなどは「自由競争を阻害する排他的な条例」として、市長らに見直しなどを求める意見書を提出しました。「売り場を十分に確保できなければ消費者のニーズを満たす品ぞろえができない」などと反発していました。市は「中心市街地に都市機能を集めたコンパクトな街づくりを進めたい」としています。しかし「コンパクトシティを目指す市の方向性は理解できるが、規制による事業者間の競争意識の低下で消費者が買い物で不利益となる可能性もある」という指摘もされています。

 確かに、浜松市静岡市ではそれぞれの政策や状況が全く違います。浜松市では積極的に開発事業が行われましたが、静岡市はあまり行われませんでした。しかし、浜松市は散々開発事業を繰り返したにもかかわらず、中心市街地の衰退ぶりが目立っています。郊外の区画整理により生活しやすくなり、さらに郊外は土地の価格が安いです。そうした「人の集まる」場所ができると、企業の出店意欲が高まります。静岡市はそういう場所があまりありませんでした。市内の道路が長年に渡り麻痺しているにもかかわらず、バイパスの建設は大幅に遅れました。近年ではそういう問題も解決されましたが、地元住民の反対によって企業は出店を断念したことがよくありました。

 以上のことの中で相違点があります。それは開発事業の進み具合に関することです。浜松市は積極的にかつ順調に進みました。静岡市は進めていたが順調に進みませんでした。そして浜松市は自動車に依存する「自動車社会」が確立されたが、静岡市はそれが確立されませんでした。つまり、この「自動車社会」の確立こそが中心市街地の衰退を招いた根本的な原因なのです。モータリゼーションの影響があってそのような結果になってしまったのでしょう。そうした「自動車社会」に合った出店の仕方が郊外大型店なのです。または郊外大型店が「自動車社会」を形成しているのです。

 このことから、大型店の郊外進出だけが中心市街地を衰退させた原因ではなく、自動車社会が中心市街地を衰退させた原因であるということも考えられるのです。