For Your Heart

By ISSING-BLOG

個性的であることの寂しさ

 ちょっと今回は暗いことを書きます。

 

 変人とはどういう人のことを言うのでしょうか。自分で言うのも何ですが、私は自分のことを変人だと思います。というか、クセが強い。つまり、個性的であるということです。

 

 個性的であるっていうのは、一見、魅力的に思えるかもしれませんが、結構辛い部分がありますよね。とにかく人から不思議がられるから、だんだん人の目が気になるようになって、「自分ってなんなんだろう」って自分でも気になってしまいワケ分からなくなります。それで孤独な気持ちになっていって寂しくなるんですよね。

 

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 人と合わないっていうのはよくあることで、何かしら見えない壁を感じますね。人と合わせないんじゃなくて、合わないんですよ。どう合わせたら良いか分からない時がよくあります。だから集団行動とか少々苦手なんです。群がるっていうのがあまり好きではありませんね。

 

 変人って変人としか結ばれないような気がします。だから変人の代名詞とも言われるオタクって嫌いになれませんね。強要してくる人は好きじゃありませんが、良いオタクはちゃんと人のことを考えて色々と話してくるから、自分が楽しいと思えることを楽しく伝えることが出来るんですよね。

 

 よく私もオタク扱いされますけど、完璧見た目で判断されているな、と思います。別にオタクが嫌だとか、オタクになりたくないとかではありませんが、私はオタクと呼ばれるほど知識があるわけではありませんし、そもそもそこまで熱中しているものがありません。だから残念ながら私はオタクじゃないんです。

 

 ま、そもそも「変人=オタク」っていうのがあるから、自分はオタクじゃないよ、と言ってもそんなこと聞かない人が大半でしょう。「変人は全てオタクだ」みたいな風潮があるものですから。

 

 中学時代、ただゲームを長時間やっているだけでオタク扱いされたことがあります。それは一種のいじめだったのかもしれませんが、やはり一回オタクだって言われると、ずっと言われ続けるんです。当時はそれが本当に嫌でした。今でも根に持ってます。

 

 あ、そうそう。私はさだまさし尾崎豊とか、一般の若者が好きにならなさそうな古いアーティストが好きです。そう、その時点で変人扱いされます。それだけでオタク扱いしてくる人もいます。それって人に対して失礼なことである上、さだまさしのことを知らないのに笑ってくる人もいますね。古いアーティストだから仕方がありませんが、決めつけもいい加減ですし、表面で物事を語るなって言いたいですね。だから基本、そういう人とは話したいとは思いません。

 

 あと、大勢の人前でしゃべる時、私は緊張して喋り方が教授っぽくなるらしく、それを見て笑ってくる人が沢山いるんですよ。こっちは真面目に語っているのに。それって失礼なんじゃないかなって思いますね。ま、若いのに教授っぽく語る人なんていないだろうから、笑うのも仕方のないことかなって思いますが、失礼だとは思わないのかしら?

 

 だから変人って、個性的っていうのは寂しいものなんです。若い人って個性的が良いみたいな風潮がありますけど、本当の個性的っていうのは孤独なもんですよ。自分が個性的であることを認識してしまった以上、それが元となってかえって人と対面するのが怖くなってきます。人からどう思われているのだろうって。だから、信用出来ない人の前ではあまり喋りませんし、自分を出しません。いや、出せません。そういう、自分の個性ほど不都合なことはありませんよね。

 

 いつかそういう自分に誇りが持てるようになりたいと思っています。