ISSING-BLOG

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しあわせさがし

 昨日は卒業論文発表会で、その後は少人数の飲み会でした。夕方の17時に居酒屋入って(結構早い:笑)、二次会までやって、それが終わったのが24時でした。終電ギリギリでした。

 

 こうやってじっくり友人と腰を据えて話すと、知らなかった面を見ることができるのでとても楽しいですね。みーんな苦労してんだな、と半ば上から目線ですが、ただどんなことも表と裏のという面があって、プラマイゼロなんだ、と。例えば出会いがとても幸せと感じたのなら、別れた時はその分の寂しさがあるんですよね。

 

 それに幸せは人それぞれなんですよね。改めてこんなことを言うのもちょっとおかしな話ですが、みんな幸せを目指して生きていることは確かです。そのために不幸せを経験するんですね。

 

 そういう中で、つい悪行を行ってしまうこともあります。しかしそれは悪行ではなく、善行だと思ってのことだと思います。つまり、人は善行を行おうとしてつい悪行を行ってしまうのです。逆に、悪行を行おうかとしてつい善行を行ってしまう。そういう幸せの行き違いっていうのはよくあることだと思うんです。

 

 「人間万事塞翁が馬」ってことわざにもあるように、幸せと不幸せが行き違いで起こることはよくあることなんですよね。幸せが不幸せの原因でもあるし、不幸せが幸せの原因でもある。そうやって幸せを探っていくんですよね。

 

 そういえば小学生の頃、 よく四つ葉のクローバーを探したっけなぁ。 なかなか見つからないんですよね。 でも、探せば必ずどこかにあるんです。 幸せもそうなのかな、と。

 

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 探している時の表情って暗いですよね。でも見つかった時は明るくなる。暗いがあって明るいがあるんですね。だから、暗いっていうのはエネルギーが充満している状態のことで、明るいっていうのはエネルギーが発散している状態のことなんですよね。つまり暗くても良いんですよ。いつか明るくなれますから。

 

 よく人を明るい暗いで判断する人、いますよね?でも、普段暗い人はずっと暗いわけじゃないし、普段明るい人はずっと明るいわけではないんですよ。どんな人だって、暗さと明るさの両面を持っています。

 

 子どもを産む時、「ヤッホー」なんて明るく産む人、いないでしょう。苦しみの中から赤ちゃんが生まれてくるのと同じなんです。暗い苦しみの中から、希望は生まれてくるのです。だから、幸せを探し続けないと。