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子どもの心

 高校時代、同じ系列の幼稚園が同じ敷地内にあったから、夏休みにその幼稚園で子どものちょっとした面倒を見るというボランティアをやった。今回はその時のちょっとした出来事を書く。

 

 僕は子どもが大好きだ。子どもが好きだという気持ちだけで子どもを育てることはできないかもしれないが、子どもと遊ぶのは大好きだ。

 

 ある女の子は僕のことを「おとーうさん!」と呼んだ。

 

 「俺はお父さんではない!お兄さんだ」

 「おとーうさん!」

 「お・に・い・さ・ん!」

 「おとーうさん!」

 

 だいたいこんな感じで子ども達は僕に近寄ってくる。「じじい」と呼ばれることもあれば「メガネ」と呼ばれることもある。なんとまぁ子どもは正直者なんだろう、と。ま、そんなことはどうでも良い。子どもにそうやって好かれるだけでも良い。

 

 これはそんな風にして僕のことを「お父さん」と呼んでくる女の子とブランコをしている時のこと。僕はその子が乗っているブランコを押してあげていた。その子は、はしゃぐようにして、

 

 「高ぁーく飛ばして!」

 「おう!飛ばしてやるよ!」

 「空高くまで飛ばしてー!」

 「空までは無理だよ(笑)」

 

 と、僕は夢のないことを言ってしまった(笑)僕もある意味正直者だったりする。するとその子は、

 

 「お父さんの所まで飛ばしてー!」

 

 と、叫んだ。僕は言葉を失った。これはどういう意味で言ったんだろうか、と。その直後その子がポツリと、

 

 「お父さんね、事故で亡くなっちゃったの」

 

 僕はどういう風な言葉を掛けて良いかわからなかった。それでもその子は元気よく、

 

 「空高くまで飛ばしてー!」

 

 と、はしゃいでいた。

 

 その子は本当に自分のお父さんのことが好きだったのだろう。そして、僕がそのお父さんに似ていたのかもしれない。何故なら何度も僕のことを「お父さん」と呼んでいたからだ。

 

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 別れ間際になって、その子は花嫁姿になったかのように白いバンダナをかぶって僕のそばに近寄ってきた。「結婚式ごっこかな?なんだろう?」と思ったら、なんと僕の頬にキスをしたのだ。それ以降、その子は僕の元を離れた。「お父さん」と呼んでくることもなかったし、近寄ってくることもなかった。きっとその子なりのケジメだったのかもしれない。

 

 子どもの心は大人が思っている以上繊細なのかもしれない。そんな子どもの心に寄り添うとはどういうことなのだろうか、と考えるようになった出来事だった。