たとえば

心の赴くままに描くエッセイブログ。

空蝉心

 霧がかかった山々を切り分けるように電車はゆっくり走る。都会のように百貨店があるような駅などない。駅舎がポツンとあり、ホームには屋根がない。駅の看板が僕を迎えるようにして、異次元の世界へと誘う。

 

 線路は単線だから、時折列車のすれ違うのために、駅によっては停車する時間が長く設けてある。その駅にたどり着き、ふと外を眺めた時、一面のお墓が迎えるように山の斜面に並び建てられていた。そういえば、自分のご先祖様もこの近くで眠っているのだった。

 

 すっかり僕の目は都会に慣れてしまっていた。「都会に慣れる」とか「都会人」という言葉がまるで上から目線の言葉のように感じるのは、田舎は劣っているという偏見のせいだろうか。僕は田舎出身なのに、何故か自然がとても新鮮に感じてしまった。僕は各駅停車の列車の車窓からゆっくり移り変わる風景に釘付けになった。

 

 僕はたた遠くに行きたいという理由だけで、埼玉県秩父市の山奥にあるパワースポットの三峯神社へ向かった。期間限定で秩父漫遊切符(往復の分のお得な切符)が購入できるので、日帰りの旅ならちょうど良いと思った。そして西武秩父駅まで特急券を買ったのだが、寝坊してしまい特急に乗り損ねてしまった。いや、寝坊したが、急いで身支度を済ませ、発車時間に間に合いそうだったが、乗車するホームを間違え、乗り損ねてしまったのだ。仕方なく、各駅停車で秩父まで向かうことにした。各駅停車の列車は乗り慣れているので苦ではない。意外にも各駅停車でもそこまで時間は掛からなかった。

 


f:id:issingmusic1006:20201025172255j:image

 

 西武秩父駅から急行バスに乗る。秩父漫遊切符に付いてくるクーポンにて、片道分は無料になる。西武秩父駅から三峯神社まで約75分。秩父市街でさえ山奥にあるのに、三峯神社はさらに山奥にある。

 

 雨が降り、シャツ一枚の僕は少し凍えていた。そんな日でも混雑しているぐらい、とても有名なパワースポットとして知られる神社で、駐車場は渋滞していた。

 

 僕は境内を散策し、さらには本殿の3.5kmで標高300mほど高い山にある「奥宮」に行こうとした。しかし、登山道となり、スニーカーで登山グッズを持っていないし、登山用の格好をしていないので危険が伴った。登山道はあまり整備されておらず、険しい道であった。また、登山道からはスマホの電波が届かず、何かあった時に連絡できない。熊の出没も幾度か起きており、ほとんどの参拝者は行かない。

 

 僕はそれでも「奥宮」へ向かおうと登山道の半分まで上り詰めたが、防衛本能が働いたのか断念することにした。雨が降り体温が低下し、足元が悪く、何度か転ぶことがあったからだ。もし、何かあったら遭難すると思った。

 


f:id:issingmusic1006:20201025172341j:image

 

 何事にも準備が必要だと思った。それを神様は伝えたかったのだろう。そんなことを思いながら、足元がふらつく中、なんとか登山口までたどり着いた。

 

 下山した後、僕は食堂の外の屋台で売っているヤマメの塩焼きを食べた。川魚は大好物であったため、骨ごと食べきってしまい、屋台のおっちゃんに「随分綺麗に食べたね」と喜んでくれた。「ごちそうさまでした」と一言申し上げ、帰りの急行バスに向かった。

 

 秩父鉄道三峰口駅から電車に乗り、秩父駅で降りた。そこからまた5分ほど歩き、秩父神社でお参りを済ませ、さらに徒歩15分歩いて、秩父今宮神社に向かった。そこでもお参りを済ませた。山々に囲まれた秩父市街地の秋空はとても綺麗で、心に焼き付いた。西武秩父駅の祭りの湯にて休憩した後、鈍行(快速急行)で所沢に帰った。

 


f:id:issingmusic1006:20201025172452j:image

 

 旅の中で感じること、学ぶこと、たくさんある。僕はまだまだ、旅の途中だ。もっと旅を続けたい。それが近い場所だろうと、遠い場所だろうと、自分の知らない町を歩き、自分の感じたことを大切にしたい。

 

 心は贈り物だ。とても壊れやすい贈り物だ。それを育むことができるのは自分しかない。だからこそ、これからも旅を続ける。