時ログ

散文詩を交えた複雑な随筆文、マニアックなガジェット、好きな音楽など、青年文系SEが心の赴くままに描くエッセイブログ。

随想記

求める求めない

求めない方が幸せなのかと思ったら、案外みんな求めているんだな、と、人付き合いの中で期待と絶望を繰り返すような毎日。難しいなぁ、と思いながら生きている。人付き合いの攻略本なるものをたくさん読んだけど、ちっとも僕には役に立たなかった。ただ、人…

何も知らない僕

愛することは悲しいこともあり、楽しいこともあり、それが自分の元気のためだったら、その恋は例え実らなくてもいいと、卑屈になる自分がいた。何の為に生きていることすら分からない自分を愛せることができないのだから、他人を愛せるなんてことはできない…

故郷達へ会いに行く

来週は故郷の静岡に帰ることにした。僕にとって、静岡以外に故郷は3か所ある。今年は自らの足跡をたどるように、初心に戻るようにして故郷達を独りで巡ろうと思っている。 静岡以外の故郷の一つ目が、僕の生まれた病院がある群馬県高崎市。母の実家があり、…

そうだ歌、歌おう。

最近、ギターを弾いて歌うようになった、というのは、ただなんとなく簡単な曲を一定のストロークで弾くだけの、ただ単に楽しんでやっているだけである。そこで気づくのは、やっぱり歌うってとても楽しいな、と思うこと。 独りでの休日に自分は何をしたらいい…

幸せのために孤独を選ぶ

前回の記事で、今年は思う存分孤独になりたいと思い、それは自分にとっての成長のためだ、と書いた。 issing.hatenablog.jp 何故そこまでして自分を追い詰めるのか。それは大学時代、僕はずっと独りぼっちだったからだ。高校時代の友人や恩師に期待されて入…

孤独の時間が自分を成長させてくれる

街灯が灯し始める夕闇の都心を、僕は歩き回っていた。休日になると僕は、都内の至る所の神社を巡っていた。何か願い事があるとか、何か信仰があるとかそういうわけではない。あくまでも神社巡りは外に出るための口実である。 神社巡りをしていると、その周辺…

「厄年」のおかげで成長できた

そういえば2019年は後厄の年だった、と気づいたのは、2019年7月頃だろうか。SEの仕事で何台もの新しいパソコンを設定するにあたって、パソコンを起動させる作業から始まるのだが、僕が起動させたパソコンだけ何故か上手く起動しないトラブルが相次いだ。職場…

また会う日まで今を生きる

昔、思い出を置きて来た場所を訪ねた。その先に見える自身の汚れてしまった心を、癒してくれる酔い話の余韻に浸りながら、いっそ社会の表面だけ見て騙されながら生きていきたいと思うほど、僕は現実逃避を少しでもするために、故郷の夜景を目に焼き付けよう…

優しくなるために悲しむ

夢の中で叫んでいた。訳もなく。帰省して普段の疲れが一気出てきたのか、新年早々僕は風邪を引いて寝込んでしまった。起き上がることすら辛いほど、怠い身体を実家の布団で休めながら、僕は夢の中で心を吐き出すかのように声高らかに叫んでいた。 目覚めた時…

潮風を感じて

松並木が潮風に強く揺らされながら波音と共に、海岸線に時を刻む。駿河の海に、富士の山。この風景は故郷の顔だった。時の移ろう速さに急がされながら、僕は運命に赴くままに故郷を旅立った。夢見て破れ、恋して溺れ、裏切り、また裏切られ、知らず知らずの…

何を以って「東京」と呼ぶのか

東京という地名に何故こんなにも憧れを持つのだろうか。 東京に来て2年半が経った。すっかり僕は東京人、ではなかった。住んでいる所は首都圏のベッドタウンである埼玉県所沢市だし、東京人のことを未だにどういう人なのか言葉で表すことができない。知り合…

おおきなこえで

音楽の授業なんて大嫌いだった。小学時代、声の大きさだけは自信があったので、一生懸命大きな声で歌うのだが、「声が大き過ぎる」と音楽の先生だけでなく、授業参観に来ていた親にまで叱られ、楽器演奏に関しても、譜面通りに演奏することに楽しさを感じな…

敏感過ぎる人生 〜HSPと共に生きる その2〜

幼い頃から僕は自己肯定感が低かった。何故か怒られると、僕は心を深く深く閉ざしてしまう。幼い頃は特に何をするにも親の目を見ながら行動していた。今思えば、僕には反抗期という時期がなかった。しかし、決して親のことが大好きとか特別な何かがあったわ…

仕事で恥をかくこと 〜HSPと共に生きる〜

最近、というかずっと前から睡眠障害を抱えている。もう、かれこれ5年くらいずっと睡眠薬のお世話になっている。 中学時代から自律神経失調症と内科で診断され、高校時代はストレスで胃をやられ消化器内科で胃カメラを飲み、大学時代には心療内科で睡眠薬を…

過現未

10月6日がいつの間にか過ぎていた。僕は何故か疲れている身体を起こしながら、鏡で、25歳になった自分を見た。 10年前の君は、もっと痩せていて、毎日歌ばかり歌っていたよね。合唱をやっていて、まさか高校時代もやるとは思っていなかった。大学時代もやっ…

トラウマ達へのラベル貼り

何故だか知らないが、学生時代のトラウマがよく夢に出てくることがある。 その一つが、高校時代の体育の授業のこと。体育教師がとても怖かったのだ。その体育教師は僕が卒業した後に、生徒にセクハラをしたとのことで解雇されたと聞いたが、それ以上にとても…

独り歩き

社会人になって僕は浮かれていた。最初の一年目は金もロクにないのに、居酒屋でウイスキーのロックを飲みまくった。店の客とテキーラ片手に盛り上がった。夜、ふらふらになりながら帰宅し、翌朝、まだ酔いが覚めぬまま仕事へ出掛ける。そんな日々を送ってい…

やいづの潮風に吹かれて

4半世紀を生きて、随分と僕の住んでいた故郷は変わっていった。車中心の社会になり、新しい道が増え、既存の道は広くなり、また、再開発で景色も変わった。それどころではなく、僕が通っていた幼稚園までなくなり、小学校の遊具までなくなっていた。 ローサ…

TWENTY'S STREET

二十歳になり、やっと酒が飲める。それを一番嬉しがってくれたのは、当時仲良くしていた大学の教授だった。二十歳になるまで一滴も酒を飲まずにいた僕は、緊張していたのか初めて日本酒を飲んだ時一瞬目眩がした。しかし、その一杯はとても美味かった。鮮度…

静寂を奏でる音盤 ~The Sound of Silence~

社会人1年目で2度も転職をした、言わば破天荒過ぎる1年間を過ごした。そこで社会の厳しさを知っただけでなく、自らの弱さも知った。「自らの弱さを知った時から、人は成長し強くなれる」と言ったのは大学時代の親しい教授だった。その言葉の意味は、社会人2…

声の変化

最近は滅多に歌う事が無いから、よく一人カラオケに行く。そこで、ケータイなんかに自分の声を録音する。「歌が上手くなるコツは?」と聞かれたら、迷わず僕は「自分の声を録音して聴く」って言う。もうこれを7年くらい前からやっていて、まるで写真アルバム…

幼い頃に遊んだ生き物達

昔は実家の隣に小さな空き地があって、秋になると赤トンボがパァーッとたくさん飛んでいた。僕は網を持って捕まえに行くのだが、プロは網なんて使わない。むしろ手づかみ。それくらいトンボがいた。捕まえたトンボはカゴに入れて、家に持ち帰ったり、あるい…

風船の命

幼い頃は白い風船が好きだった。街やお店で風船が配られているのを見つけると決まって白い風船を選んだ。もちろん今でも白色は好きだ。純粋なイメージがあるし、何より明るい。幼い頃の自分が何故白色を選んだのかは分からない。 風船というのはなんだか儚い…

爪楊枝

久々のブログ更新です。暫くの間、しかも突如更新しなくなった、というのは大したことではありません。ブログをやっている人ではよくあることなのです。いわばネタ切れですね(笑) いつの間にか8月が過ぎ、9月です。陽も落ちる時間がどんどん早くなってい…

もうひとつの人生

ふと過去を振り返ってみて何かしら懐かしんでいる時、「もしあの時こうしていたら」と考えることがよくありますよね。私もよくあります。ああ、あの時こうしていれば、という後悔ですね。 過去には戻れないのは分かっていますが、人はどうしても後悔をします…

小さなCDショップ「キーステーション」

少し前の話になりますが、今年(2017)の5月下旬から6月上旬にかけて宮城県石巻市の現場で仕事をしていました。そこから車で一時間の所にある登米市のホテルに泊まっていました。休日は暇なのでホテルでずっと音楽を聴いていたのですが、インターネット環…

いじめによる優しさへの変化

この写真は私が通っていた中学校の近くで撮った夕焼けです。 驚かれるかもしれませんが、私は中学時代、バレーボール部でした。吹奏楽部は女子しかいなくて、バスケは苦手だし、卓球部はかっこ悪くて嫌で、ほぼ消去法でバレーボール部に入りました。入ってい…

恋の理由 〜夢の夢〜

恋愛話ほど盛り上がる話はないでしょう。しかし、私は大学時代4年間、恋をしてこなかったのです。高校時代はよく恋をしました。片想い、失恋、両想いと青春を過ごしたことは今では良き想い出です。その想い出はまた後ほど話すとします。 恋というのは本当に…

孤独と笑顔 〜平和への一歩〜

もしこの世でたった独り自分が生き残ったら?ということを考えてみると、恐ろしいほどの寂しさを抱え込むでしょうね。 そういう、いわば「孤独」って人間の本来の姿だと思うんですよ。孤独でなければ寂しさを感じないわけで、寂しさを感じなければ他者を求め…

生きる意味

何故生きてきたのか、これは私にとっての最大のテーマです。では「生きる意味は?」と聞かれたら「育んでいくものだ」と言います。私は23年間生きてこれたけど、たった23年間で生きる意味なんてわかるはずがない、と。これからその答えを「育んでいく」んで…