時ログ

散文詩を交えた複雑な随筆文、マニアックなガジェット、好きな音楽など、青年文系SEが心の赴くままに描くエッセイブログ。

One Day OSAKA

 「平成最後」という言葉が聞き飽きた訳じゃない。むしろ平成が終わることと、令和が来ることに関心を持たない自分がいた。そして10連休という時間だけが僕を大阪へ行かせた。大学時代、関西で暮らし、青春の苦い思い出に浸るために、2時間30分というお金を払って、日帰りで大阪へ行った。

 

 大阪駅周辺は僕の大学時代と違い、バス停や歩道橋が整備され、とても便利になった。例えば、JR大阪駅からヨドバシカメラに行く道が何処にあるかわかりづらかったけど、今は歩道橋で直結している。

 

 人は相変わらず多い、とは思わなかった。首都圏で暮らし、都心に通勤している身としては、大阪駅周辺は歩行速度が制限されるくらいの人混みではない。

 

 どうやら僕は列記とした関東人なのだろう。そんなことを痛感した。街歩く人々が関西弁を話すことに違和感を感じてしまっていた。エスカレーターも、つい左によってしまう癖もある(関西の人はエスカレーターに乗る際、右に寄る)。

 

 当初、大阪へは大学時代にぶらついた場所をただ巡るだけの、観光と言えぬ観光をしようと思っていた。しかし、せっかくだから大学時代の恩師に声を掛けることにした。その恩師とは僕の大学時代、毎週、大学近くの喫茶店「SPOON」でコーヒーを飲んでいた恩師だ。もう恩師というより、親友に近い距離の、大変お世話になった方だ。大学卒業直前は、よく二人で呑みまくった。先生の奥さんに内緒で。きっとバレていたと思うけど(笑)

 

 大阪駅の近くにあるビルの地下で、お昼から日本酒を呑んだ。僕は日本酒が大好物だ。先生も日本酒が好きで、大学時代は奈良へ古文書の研究の手伝いへ行った時、帰りに呑みに呑みまくった。

 

 そんな、些細な楽しかった思い出が大学時代にあることをすっかり忘れていた。とても寂しく、将来のことを不安に思い、夜も眠れないくらい精神的に辛かったけど、実はそれくらい楽しい思い出が、時間と共に美化されていた。だから当時のことなんて、今はどうでもいいし、後悔とかそんなことは、もう、ない。そういった意味では、今日大阪に来れてよかったかもしれない。

 

 夜は大学時代の旧友と呑んだ。とても楽しかった。その時思ったのだが、人には個性がある。それを自ら否定する必要はないし、それをふさぎ込むようなことはしなくていいと思った。ただ、自由に生きていけばいい。人に嫌われようと好かれようと、世間体という広くて小さい世界から出て、常に自由を求めていったら良い。それは誰にも邪魔される義理はないし、否定される義理もない。今が辛いなら、勇気を出して、コップの外へ出てしまえばいい。そんなことを思った。それくらい、その旧友の人生を応援したいと、心から思った。

 

 帰りの新幹線、これを書きながら、大学時代、よく夜に聴いていたハワードジョーンズの「No One is To Blame(直訳:誰のせいでもない)」を聴いていた。今日はよく眠れそうだ、そんな気分で平成を終える。

 

 「人間万事塞翁が馬」という言葉がある。幸せと不幸せは行き違いに訪れる。だから不幸せは幸せの兆候かもしれないね、と思っておけばいい。幸せになるための人生だとか、よく言う人がいるけど、それは裏を返せば、不幸を噛み締めろ、と言っているように思う。今、幸せな人生でなくていいんだ。無理に幸せを感じる必要はない、そんなことを思った一日だった。

 

 あ、それと、実は僕は大阪に対して、ツンデレだったかもしれない。つまり、僕が思っている以上に、僕は大阪が好き、なのかもしれない。時の流れというのは、本当に恐ろしいものだ。過去の自分が、今の自分の思いに至ることを想像できただろうか。

 

 きっと、過去は変えられないけれど、過去の持つ意味は劇的に変わっていくんだと思う。だから現在を一生懸命生きて、過去の持つ意味をこれからもっと変えていきたいと思う。