たとえば

心の赴くままに描くエッセイブログ。

やいづの潮風に吹かれて

 4半世紀を生きて、随分と僕の住んでいた故郷は変わっていった。車中心の社会になり、新しい道が増え、既存の道は広くなり、また、再開発で景色も変わった。それどころではなく、僕が通っていた幼稚園までなくなり、小学校の遊具までなくなっていた。

 

 ローサイド店も増え、とても便利な町になった一方、何処か寂しさを感じるのは何故だろう。町が変わるのは決して悪くないし、暮らしやすくなることは決して悪いことではない。

 

 「思い出」という僕の中に染み付き美化された子供時代の故郷が、今都会で暮らしている自分にとって、どれほど感慨深いものなのか、今とても実感している。

 

 幼少期にとても広いと思った道が、今では狭く感じるほど僕の歩幅は広くなった。それほど僕は成長し、大人になった。そして、いつの間にか時は流れていた。

 

 僕の家の前は空き地で、秋になると赤とんぼが大量に飛んでいて捕まえにいっていたものだが、今ではその空き地に家が建ってしまったし、どうやら時代と共に町は変わりゆくものかもしれない。

 

 僕の住む「やいづ」という町は、東海地震の被害を大きく受けるということを昔から言われており、人口は年々減り続けている。それでもなぜか新しい家は建つし、マンションだって建設されている。昔ながらの商店街は衰退し、車がないと生活していけないし、働く場所も限られてしまう、そんな町だ。

 

 子供時代、僕は「やいづ」を好きではなかった。なぜだろう。なんとなくだけど、やはり、あの頃は東京に憧れていたんだ。

 

 しかし、実際離れてみると、自分が住んでいた町の良さを理解するようになる。都会はビルだらけで空が狭いし、人が多くて足元を見ていないと転んでしまう。色々なものがあってとても楽しいのだけど、何処か切ない気持ちになる。

 

 そんな中で暮らしていると、田舎と呼ばれる地方の良さがわかってくる。それを忘れないようにしていきたいと最近思っている。なぜなら、「やいづ」がとても好きだからだ。「やいづ」の潮風は気持ちいいし、食べ物は美味しく、気候も安定していて、「自然」という観点から見ると生活しやすい。

 

 今の住んでいる町が嫌になった時、一旦離れてみるといい。一昨日の記事でも書いたが、僕は大学時代、関西に住んでいて特に大阪が嫌いだったけど、今では大阪の良さを理解し、とても好きになってしまっている。

 

issing.hatenablog.jp

 

 町の景色は時代と共に移り変わってゆくけど、そこで吹く風は変わらないと思う。特に「やいづ」の潮風は昔から変わらない。大型連休を使って久々に「やいづ」に来ると、懐かしい鼻にツンと来る磯の香りに気持ちが少し高揚する。あ、帰ってきたんだな、と。知らず知らずのうちに、この風を僕は故郷の風として認識するようになっていたのだな、と。

 

 いつか「やいづ」に育ててもらった恩返しができたらいいと思っている。「やいづ」を離れ、今都会で暮らしているからこそできることがあるのではないかと思う。今後、ゆっくり考えていきたい。