たとえば

心の赴くままに描くエッセイブログ。

秋入梅

 6月の梅雨の時期はただジメジメするだけであるが、9月の雨となるとまだ夏が過ぎ去り切っていないため、蒸し暑さも漂う。相変わらず雨に濡れた服は中々乾かない。蝉もまだまだ粘って生きている。秋はまだまだ遠い、と言っている間に冬が来る、というか、いつの間にか年が明ける。思っているより時が経つ速度が速い。そのくらい暇ではないことに感謝しなければならない。人生の中で一番不幸なのは暇なこと。大学時代にそのことがよくわかった。だからこそ、自分から何かしら行動を起こさないと後悔するぞってそんな当たり前なことを今更言わなくても分かってるぞ、と同世代に笑われるかもしれない。

 


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 9月から冬に向かう時期、僕の体調は悪い方向に向かうことが多い。社会人になってからというもの、下期なると大きな出来事が僕に降りかかり、年末には身体的にも精神的にも毎年ヘトヘトになっている自分がいる。仕事としての繁忙期は過ぎるのだが、ここからが闘いだ、と覚悟を持たなければならない。しかし、やっと仕事も慣れてきたし、もしかしたら今年は今までとは違ってそんなに大変じゃないかもしれない、と油断している場合じゃない。下期に向けて、着々と準備を進めていきたい。

 

 大学時代も同じようなことがあった。僕はある年の秋頃から身体に影響が出るほど精神的に落ち込んでいった。訳もなく不安になり、夜は眠れなくなった。今思えば、当時の悩みなんて大したことがない、と言えるのだが、やはり季節的なことも影響していると思う。秋から冬に掛けて日照時間が減り、それに伴って精神的にも影響を及ぼす。それほど僕の心は弱いのだ。

 

 そう、僕の心は弱い。この発言は、決して自虐的な意味ではない。むしろ、弱いことを知っているからこそ、自分のやり方で無理をせずに物事を進めることができる。大学時代は自分の心が弱いことを知らずにただただ前に突き進み、結果社会人になって大きな後悔をした。

 

 最近、会社の先輩から「君は落ちこぼれだよね」と冗談混じりに言われた。そうか、俺は落ちこぼれなのか、と今更ながら気づいた。そういえば、学生時代、成績も駄目だったし、運動も駄目。列記とした落ちこぼれやん、と自分で自分のことを笑ってしまった。

 

 俺、何にもねぇーな、とその時思った。

 

 何もないからと言って俯いているわけではない。むしろ何もないからこそ、ほんの些細な出来事に感動することができる。例えば、街の風景や細やかな季節の変わり目などに気づき、それが綺麗に見える。何もないことは強みだ。何もないからこそ、誰も僕に嫉妬しないし、何もないから僕も人を下さない。それをもっと大切にして、落ちこぼれなりに精一杯努力して生きていけたら良いと思う。

 


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 秋入梅の季節も実はとても美しく感じる。もうすぐ聞こえなくだろう蝉の鳴き声や雨が止んだ直後の空、水たまりの地面。

 


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 本当は綺麗なものが毎日には沢山溢れている。何もないからこそ、何でもないことに感動する。つまり、何でもないことで幸せになれるのだ。