たとえば

心の赴くままに描くエッセイブログ。

悔供養

 最近、学生時代の夢をよく見る。それも楽しい思い出の少ない中学時代の夢が多い。もちろん楽しかったこともいくつがあるが、どちらかというと高校時代の方が楽しいと思えるようなことが多くあった。それはともかく、なぜこんなにも中学時代が夢に出てくるのか。おそらく僕の中で中学時代に後悔していることが多くあるのかもしれない。

 


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 確かに後悔していることが多くあるが、それが何なのかと悔やむよりも、じゃあこれからどうするのか、と考えた方が良い。それに、後悔しているということは、過ぎ去った時代に対しての思いである以上、ああだこうだと考える時間は無駄だと思う。それは大学時代によくわかった。大学時代の僕は、心が病むほど過去の事を悔やんでどれほどの時間を無駄にしたのだろうか、と、今では「後悔したことに対して後悔する」なんてことになってしまった。しかし、後悔するという感情は人間の持っているものであり、後悔からこれからの生きるヒントを見つけることができる。だから、過去の事を悔やむことは悪いことではない。しかし、最初に後悔した一瞬の時だけで十分だ。

 

 今を生きているのだから、過去はもうそっとしておこう、とふと嫌な過去を思い出した時に思うようにしている。

 

 過去に今の自分の人生を邪魔されてたまるか、と、抵抗しようとするが、中々難しい。それは過去を否定してしまうからだ。だったら、過去を受け入れれば良い。「そういう人生もあったね」と。「それがあって、今の細やかな幸せを感じることが増えている」と思うことがあれば、過去は変わらずとも過去の意味は劇的に変わる。今の幸せがあるのは過去の苦しみがあったからこそ、と思うようになる。そのためには、まずは今を生きることから始めよう。


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 中学時代に後悔したことは沢山あったとしても、それは今となってはどうでも良い。夢に出てこようが、何かしらの形で過去が暴れて今の自分の人生を邪魔しようとしてこようが、それが自身の過去である以上仕方のないこと。後悔した過去がまたどこかで暴れた時、そっとしておけば良い。暴れさせておけば良い。変に抵抗すると飲み込まれてしまう。その結果、過去に囚われて生きてしまう。だったら「過去は過去だ」と思って、そっとしておけば良い。

 

 しかし、後悔した過去は今後の生き方によって、「後悔して良かった過去」に生まれ変わることがある。だからこそ、後悔しても良い。何度も言う、後悔は決して悪いことではない。

 


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 そのためには今を生きることから始めよう。そして、少しでも後悔した過去の意味を変えるために、今を一生懸命生きよう、と、何かしらの落ち込んだ時、まずは「生きる」という選択をしてスタートしていく。そこからどうやって生きるかを決めていけば良い。そうしたら、まだまだ生きたいと思うようになるはずだ。